父はスーパーマン、母は菩薩

明治生まれの父は、若い時から苦労しっぱなしであった。

 

 

次男の為に、大正生まれの母のところに婿に来て働きづめであった。

 

 

母は、母を早くなくし、一人っ子のために苦労して育った。

 

 

漁師、木こり、麹職人、酒造り、精米職人、砂丘農業。

 

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すべてに全力で深く学んでいたようである。

 

 

漁師としては、才にたけ樺太で一旗揚げた。

 

 

当時としては珍しい焼き玉エンジン付きの船(ちゃっか)を手に入れた。

 

 

儲けも順調であったが、知人に頼まれてチャッカを貸した事で、

 

 

莫大な借金を背負うことになった。

 

 

知人は、父が留守なのをいいことに、無断でちゃっか

 

 

 

(当時としては最新の焼き玉エンジン付き漁船)を操作し、

 

 

津軽海峡で沈没させた。知人は、その後郷里に逃げた。

 

 

父は知人を訴えず許してしまった。

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そして、残った借金を母と一緒に返すハメになったのである。

 

 

郷里でのうのうと生活していた知人を許すことはできない。

 

 

なぜなら、血がにじむような苦労している両親を見ていたので

 

 

 

子どもとして腹が立った。

 

 

いつも、我が家には借金取りが来た。

 

 

小さい頃はなぜかわからなかった。

 

 

 

母も父も朝は暗いうちから夜遅くまで働きづくめであった。

 

 

 

私は、両親がご飯を食べたり、寝ている姿を見たことがない。

 

 

いつも汗と土まみれになって働いている姿しか目に浮かばない。

 

 

それでも、6人の子どもを立派に育て上げたことに感謝と尊敬の念を持っている。

 

 

母は、産後3日目から重い魚を背負って商いに出たのが原因で目を患って締まった。

 

 

死ぬまで、目から脂と涙、そして視力が弱かった。

 

 

父も母も苦労しっぱなしの人生であった。

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